信州人の趣味と雑談

三河生まれだが、もう信州暮らしの方がずっと長くなってしまったサラリーマンがのらりくらりと綴る日々生活の与太話

そろそろ帰路へ

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この日の昼はほとんど移動の時間でした。

京都を出たのが昼過ぎ、天橋立あたりまで行こうかと思って出発しました。

途中に有った鍾乳洞公園に立ちより(中は垂直なはしごで恐ろしく、さらに洞窟内はとても涼しく気持ちのいいところだった)。
周りはキャンプ場になっていたがお客はゼロ。
しなびた公園でした。

天橋立までの道のり、ほとんどが山の中なので美味いもんは見つかりそうにないそこで道のりに見つけた道の駅「瑞穂の里 さらびき」に車を止め、昼を取ることに。
せっかくコンロも持ってきたので何か作ろうかと思ったが、レトルトのカレーライスが本日のお昼となりました。

京都駅JRロゴ

eae135c3.JPGで、京都駅で探してみると有りました、オレンジのJR東海のロゴが光っていました。

しかしよく考えるときっとこのあたりはJR西日本も当然走っているわけで構内で看板を探せば青色のロゴもあったのだろうか?今となっては分からないママとなってしまった。今度行くときには探してみることにする。

あと、切符売り場も見てみるべきだった。「オレンジの窓口」だったのだろうか?非常に気になるところだ。電車はほとんど長野と東京間しか乗ったことがないので今回は非常に勉強になりました。

寄り道

c52593c5.JPG以前から疑問に思っていたことにJRのロゴの色があった。

これは私がよく知っているJRのロゴである。
これが緑色なのは常識と思っていた(だって切符売り場も「緑の窓口」って言うし)。
しかしつい最近まで知ったことがある、このロゴは緑色だけではないらしい。
私が調べた結果以下のような色がある。

東日本:緑
西日本:青
東海:オレンジ
九州:赤
北海道:黄緑
四国:エメラルドグリーン

ちなみにわざわざ京都駅まで来たのはいろんな新幹線を見ようと思ったのと、何色の看板があるだろうと疑問に思ったのを確かめに来たのである。

資料室

fd4a91f3.JPG寺田屋に龍馬の資料がいろいろと展示してある部屋が2階にある。

その部屋で女子高生らしき数人組が横になってくつろいでいた。(制服を着ていたので高校生なのは明らかである)旅館なのだからくつろぎやすいことは確かである、しかし、今はそうではない。
入れ替わり観光客が入っている。
にもかかわらずあまり長いこと居座っているので一喝してやった。(正確には二喝)二回目は少しきつい口調で言ったら一人の女の子が「すみませんでした」といって皆を引き連れて出て行った。
この子たちが居たためにこの部屋に入れずに帰っていった人が二〜三人。俺はさらに図々しいので無視。

せっかく歴史を感じに来ているのに台無しである。

マナーを守ってほしい。

寺田屋旅館

31cd0b2a.JPG尊王攘夷派の先鋒の薩摩藩士9名が寺田屋に集まり幕府要人の暗殺を目論んでいたところ、公武合体派の同藩士の説得を受けたが乱闘になり同士討ちとなる悲劇を生んだ「寺田屋騒動」。

坂本竜馬が常宿として使っており幕府の追っ手に囲まれ乱闘の末脱出したという幕末では有名な旅籠。

いまでも夕方から朝までは旅館として経営しているらしい。
たしかに旅館としての設備が整っていた。

泊まってみたかったな〜。

今回の目的地

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その二人のお墓。10分もそこにいると朝早いというのに何人もお参りに来ますね。

花を供えている人がおり、お墓に来るのであれば花でも買ってくるべきだったと深く反省しました。

この横には高さ30cm位の二人の銅像が立っており、その銅像を元にして円山公園の大きな像が出来たようです。

それではまた会う日までさようならお二人さん。

墓参り

045c2b4a.JPG「維新の道」を登り、7時30だったかな、開門と同時に中へ入ります。
この神社(京都霊山護国神社)は、明治元年、明治維新の実現のために倒れた志士たちの霊を慰めるために、明治天皇の発案で創建された神社だそうです。

ここには坂本龍馬、中岡慎太郎をはじめ、吉村寅太郎、武市半平太、木戸孝允、など幕末に活躍した志士がみんな眠っているのです。

なぜか、一番高いところに木戸孝允(桂小五郎)が眠っています。

私のイメージでは逃げの小五郎、卑怯の物のイメージがありましたがそんなことはないかなり偉大な人のようです。

再チャレンジ

154d3507.JPG再び昨日と同じ駐車場に車を止め(結構高く800円もとられるのだ)、護国神社へ。

昨日と同じ道だがたった2度目なのに何となく知った道、なんだかうれしい気分。
朝も早いし平日。まだ修学旅行生もいなく閑散とした石畳の通り。
本来は京都観光地の中でもかなり混み合う場所の一つだそうだ、改めてこんな優雅な旅もいいものだと思い直すのでした。

まだ開門まで時間があるので寧々の道を通り高台寺へ立ちよった。
「ねね」とはたしか秀吉の奥方、こんな所で秀吉ゆかりのお寺が流とは知りませんでした、勉強になります。

一つ分からないことがありました。高台寺にての参拝手順がかいてある立て札。

1.下足箱に履き物を揃えて置いて下さい。
2.方丈の濡れ縁の所までお上がり下さい。
3.深呼吸を数回行って下さい。
4.顔を両手で数回さすって下さい。
5.・・・・・

顔を両手で?・・・なんだかよく分からないけれどもかかれた通りにお参りしてきました。

やっぱりP泊

9d6fff8d.JPG寝るところだが、やはり京都の町中では「道の駅」みたいなP泊出来そうなところはどこにもない。

30分ばかり探し回ったが良さそうなところが見つからない。

そのときちょうど目に止まったのが交番の赤色灯。

交番に入り事情を説明し泊まれそうなところを聞く。
すると「将軍塚」と言うところが京都の東山ドライブウェイの頂上に有ると聞き、早速行ってみることに。
トイレも水道もあるし駐車場も結構広い。

今夜はここで寝ることとした\(^_^)/

ちなみにこの将軍塚とはなんぞや?とはこうらしい「桓武天皇が平安建都の際、都の鎮護を呪術的、宗教的にも行おうと、将軍「坂上田村麻呂」の弓を引いている像に甲冑を着せ塚に埋めたと伝えられている」そうです。

朝ご飯はこの駐車場でお湯を沸かしカップラーメンを食べて、さて出発です。

今日は何処で泊まろう?

77749f00.JPG清水寺の近くに坂本龍馬と中岡慎太郎の墓がある護国神社へお参りをしに行こうとおもい、歩くこと数分。

神社に前についたのだが時すでに遅し、閉門となっていました。
確か5時前だったと思うのだがまさかお墓が閉まるとは夢にも思いませんでした。(家のばあちゃんが眠っている墓と同じにしてはいけないです)

この墓参りはどうしても行きたかったので今日はこのまま京都市内に残り明日の朝墓参りに行こうと計画。

車に戻り早速夜の計画。

夜の計画と言っても再び祇園に繰り出して遊ぼうって言うんじゃぁない、風呂にはいるところと寝るところを探すのだ。

この旅行は貧乏旅行で基本は車中泊。
車は「なんちゃってキャンピングカー」なので大人一人が寝るには広すぎる位のベッドが用意してある。

幸運にも出発前に下調べしておいた資料の中に「誠の湯」と言うのを見つけそこに行ってみることにした。

出来たばかりらしく値段も手頃なきれいでなかなかの所だった。(もちろんこの「誠」は新撰組のやつである)

やっぱりお寺

07b75697.JPGその後、知恩院(なんだか善光寺みたいだった)にある日本三大門の一だという「三解脱門」なるものをみて、
後その足で行ったのがこの国宝清水寺。

もともと小学生の時に修学旅行出来た記憶があるのが清水寺、奈良の大仏、うぐいす張りの二上条。
その中でも記憶に映像が鮮明だったのがこの寺で、やはり今見ても同じだった。

平安神宮

099ce957.JPGせっかく京都に来たのだから、神社や、お寺も廻ってみようと言うことで立ち寄ったのがこの平安神宮。

家内安全・病気平癒・合格祈願等のお守りが沢山売られていたが特に用も無く、雨も少し激しくなってきたので退散。

ただし、雨のせいかしらないが正門の朱がとても鮮やかできれいだったのが印象深い。

ちなみに平安神宮とは「鳴くようぐいす」の「平安京」にある大内裏(だいだいり)を一部復元した建物なんだってさ。

祇園(花見小路通)

b7ad7adc.JPGきれいな石畳の町並みだったので思わず歩いてきました。

ここらの建物は割烹、懐石料理屋さんみたいでどうも「一見さんおことわり」のお店が建ち並んでいるようです。

元々店にはいるつもりは無かったのですが、ふらりと入るにはかなりの勇気が要るお店なことは違い有りません。

しかし、一本通りを挟んだ北側の通りは普通の都会の繁華街でかなり対照的な町でこれが京都かと言うところかな。

ただし私の知っている祇園って言うのは舞妓さんがいっぱいいて華やかなイメージだったのだが、平日の昼間、しかも小雨日和ということで物静かな落ち着いたイメージになった。

とようけ茶屋

07d92927.JPGこの日の昼は再度昨日の友人につきあってもらい「とようけ茶屋」に行ってきた。

食べたメニューは湯豆腐膳(1050円)と言う物。水がきれいなところは美味しい食べ物が作られるんだと関心。
とっても健康的な食事をした気分にもなり満足。 しかも安かった(^.^)

聞いたところによるとサントリーのウイスキー「山崎」もこのあたりの地名から取った名前らしい。
もちろんそこに山崎蒸留所があるという。
美味しい水から酒と豆腐ってことらしいです。

円山公園

8241d2b3.JPG坂本龍馬と中岡慎太郎の像が有ると聞いて八坂神社の脇にある円山公園に行った。

後でで分かったのだがこの像のオリジナルは護国神社の二人の墓の脇に高さ30cmくらいの物がありそれを大きくした物がこれらしい。
いつ、誰が作ったか等は忘れてしまった。

近江屋跡

f9a1d664.JPGここが坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された場所かぁと思いつつも、現在旅行代理店になっていることに残念は隠しきれない。

故司馬遼太郎の「龍馬がゆく」を読んで熱くなっていた頃のことを思い出した。

「じっとしてはいられない、何かやらねば」とかきたてられていた頃です。

池田屋跡

85d6e905.JPG近藤勇率いる新選組が、「京に火を放ち、天皇をさらうというクーデター」を阻止し名前を挙げた有名な宿跡になります。

残念ながら現在はパチンコ屋さんになっています(-_-;)。

ここで写真を撮ろうと思ったのですが、ちょうど開店前(昼の12時頃だと思ったのですがずいぶん遅い開店ですが)だったらしく、強面の人々が開店前に列を作っていたので(平日の朝っぱらからパチンコ並ぶなよ!)その場で写真を撮ることが出来ず後ほど写真を撮りに戻りました。

※この陰謀が明らかになったのは「古高俊太郎」の自白らしいのですがこのときに行った近藤勇の拷問は見ている方も苦痛なほどの物だったようです。

酢屋

3dc8289a.JPG創業280年で、現在も続く材木商。酢屋

六代目嘉兵衛は龍馬の活動に大変理解を示しその活動に協力し、二階に住まわせ援助を行っていたようです。

現在、十代目となり、2Fのギャラリーで暇そうに接客していました。
私が行ったときは平日と言うこともありお客は私のみ。

延々と龍馬についての説明を受けたのですが、

どうも最近の大河ドラマ「新撰組」が気に入らないらしく(龍馬はどちらかというと倒幕派、新撰組はもちろん幕府の警察のような物ですから)、
新撰組が「池田屋事変」で活躍した報奨金で京都の町で飲んだくれ暴れたなどと「京都の町の人には嫌われ者だった」等と力説しておられました。

小枝橋

c50a3dd8.JPG明治元年正月3日夕方、この付近での戦いが鳥羽伏見戦の発端となった。

王政復古ののち、将軍の領地返納を決めた朝廷、薩摩、長州藩らの処置を不満とした政府軍と新政府軍がここ小枝橋で衝突します。

「将軍様が勅命で京に上るのだから、通せ」

という幕府軍と

「勅命ありとは聞いていない、通せない」

という新政府軍の押し問答が続き、幕府軍が強行突破使用とすると、薩摩藩がアームストロング砲を発射。
この砲声を合図に幕府軍1万5千、新政府軍6千の激しい戦いが始まります。

こうして始まった戊辰戦争は翌年の函館五稜郭の戦いまで続いて新政府軍が勝利します。

というわけで新しい時代「明治」はここから始まったと言ってもよい場所なのです。

意外と知られていない石碑巡り

404b3a18.JPG今日は泊めてもらった宅の友人と午前中は一緒に石碑巡りをしてもらった。

巡る順路は私が事前にWebで下調べをした物に従って様々の物を探し当てた。(正直、地元民でないと見つからない物もあると思う)

彼はその通勤路に当たる通りに点在する歴史的遺跡にたいそう感動していた様子。

この中の一つの石碑は戊辰戦争始まりの地点となる場所で新政府群の薩摩藩が陣を構えていた場所であることを示しており、英国式の最新兵器「アームストロング砲」がおかれていた場所だったと記されています。

その他の石碑もいろいろうんちくがあったが詳しくは忘れた(^_^;)
それにしても絶対に普通はに見つけられないような所にあった。

現在は鳥羽離宮公園と呼ばれるごく普通の公園となっております

京都へ・・・

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とある事情から時間に余裕が出来、京都方面へふらりと単身旅行に行くことになった。

目的はあまり決めていない。おおざっぱに計画をして長野を出発。朝9時に出て京都市内に入ったのは19時。ちょうど10時間かかった計算である。

そんなに寄り道もしていなかったので実測値だと思う。今回は時間に余裕があるので贅沢にも下道を使ってやってきた(高速を使うのとどちらが贅沢かは微妙なところであるが)。

今日の夜はこの写真の少女の父親の家に1日目は泊めてもらうことになった。実は突然連絡して泊めてもらうことになって申し訳なかった。

アライメントが狂ってる


グランドハイエースの左前タイヤがひどく偏(肩)減りしていることに気づいたのがずいぶん前。

やっとディーラーに見てもらったのがついこの間。見てもらった時にはずいぶん進行している状態だった。ディーラー(どこかは又の機会に話します。)に行ってみると、タイヤの組み替えとローテーションを行って 4,000ていど取られたらしい。(妻が行ったのだが)

しかし、私が話したのは根本的な解決をしたいのに、ローテーションではだめでしょう。今冬に履くスタッドレスタイヤも偏摩耗してしまうでしょ。

ということで、いつものように対応に頭を悩ませながら「車の4輪のアライメントを採ってください。」とお願いに行くと、「無償でやらせていただきます。」との事。だったら、こないだのタイヤ組み替えもタダでいいんじゃない?と思ったが、それはしょうがない話。

ということで、車を預けて2日(もかかるのか?)経って戻ってきました。少し、左に寄っていたハンドルも調子よくなり。

バランスとれた感じ。めでたしめでたし?

潮干狩り失敗!の反省をふまえて


今年のゴールデンウィークは「潮干狩りに行く」というのが一つの目標でした。
なぜかというと昨年の同じ時期に実家に戻り何となく「潮干狩りに行こう」ということになって何も考えずに蒲郡の潮干狩り場に行くと「本日潮が引かない為中止」となっているではないですか!当たり前と言えば当たり前なのですが、潮干狩りはシーズン中とはいえ、お月様が満月、新月前後でないと潮が大きく引かないので潮干狩りできないんですね。

というわけで去年の反省を元に月暦を調べて今年はいつの間にやら従兄弟2夫婦等とその子供達等で計12人の大所帯で出かけることになりました。
場所も従兄弟の位置の近くで常滑なんですが、結果論から言うと「あさりが居なかった」でした。

初めはあんまり大きいのが採れなくても、「そのうちに」と思っていたのですが結局最後までそのまま採れず(後半は1cm位のも拾い続け量はそれなりになりましたが)少し残念な結果となりました。後で思えば漁業の人たちが料金徴収時(駐車場入り時)に「小学生料金はいらないよ」って言っていたことと、駐車場料金も本来取られるはずなのに取らなかったことはあさりが居ないことの前兆だったんだねてことです。

さて来年がんばろう。

その他本車について

車自体の内容はこれまでちっとも書いていなかったので、っていうか書けなかったけれども。ようやく冷静に見てみることに。

1)動力...問題なし。思ったよりも出足は良く、ストレスは全く感じさせない走りです。私、もう1台70スープラに乗っておりますが、それと比べるわけには行きませんが、一般的に見てみての話です。

2)ハンドリング...??「こんなもんなのかな?こういう車は」って感じです。

ロールが大きいので、一回の舵取りでしっかり曲がりきらないと(ステアリングを切り直したりすると)挙動が大きく乱れます。これはどんな車でもそう、ただ動作が極端なだけ...だと思う。

ずいぶん慣れたつもりなのだが、思ったように曲がらないのは、4WDのせいなのかな?足周りが良くないのかな?私には判断付きません。スープラよりは、うんと姿勢を安定させるのに気を使います。

3)可視...サイドミラーがおっきいのと、下半分が湾曲していて広い範囲が見える事が出来ることと、バックモニタのおかげで、家内も何とか駐車場の出入りなども出来ているようです。あと、6.3mという、長い最小回転半径の割には運転しやすく感じさせるのは座席の位置でしょうかね、一番前に座席がある車は以外と運転しやすくなるのです。(スープラとは対照的です。)

4)室内...広さに関しては、文句有りません。やっと、キャンパーキット修正にてフルフラットになることが出来たのをふまえて文句無しといえましょう。ただ、収納ボックスの少なさが気になります。

なぜここに収納ボックスが無いのだろうという点が2つ有ります。

 ・1つ目:通常の車のグローブボックスがあるところに何も入れることが出来ない。助手席の前には何にも収納スペースがないのです。

 ・2つ目:運転席、助手席の間のコンソールボックス。これにはドリンクホルダーが1stシート用2つと、2ndシート用2つが付いているだけで物自体は大きいのに収納ボックスが付いていない事です。上は平らになっていて物が置けて便利なのですが、この中には何が入っているのだろう?と不思議に思います。(後部座席のヒーターコントロールは付いていますがきっとその他中身は空洞でしょう。)

5)ベッド...もちろんこれは取り付けてもらったベッドですが、思ったよりも広く、大人3人で川の字になり十分寝ること出来そうです。ただ、下図のように、のっけているだけなので、少しがたがたします。

(これ、ベッドを組み立てたところ)
ベッド


6)ナビ...これが良いんです。何となく、「ナビは付けよう」っておもって取り付けたのですが、マニュアルもろくに読まず、操作が出来る(結構機械音痴の家内が私がほとんど何も教えず出来るのですから)のがすごいところだと思います。何となく感覚的に「これがしたい」っていうことが画面のタッチパネル操作で出来るのがよいと思います。他のナビはどうか知りませんがECRIPSのナビはホント良くできています。


 ナビ


(本当はトヨタ用のwideが有るので欲しかったのだが、値段の関係にてこれにしました。ナビの左右を補助パーツで埋めています。)

(ディーラーに取り付けてもらったバックモニタ。またこれが上手く取り付けする物だと感心しました。純正もこの部分に埋め込まれているので慣れた物だろうけれども、きちんと、アルミのステイも使用してあります。本当はリアスポイラーの下あたりに取り付けてもらう予定だったのですが、勝手にここに取り付けられておりました。上手く付いているから良としましょう。)


バックモニタ


(これが一応キャンピング車の証)


8ナンバー


7)スタイル...これは買う前から見てた物と同じはずなので文句は言いません。結構気に入っています。

仕様変更2回の納車


あまり期待せず(というか、この時は変な加工してきたら自分自身で、最悪の結果になるだろうと不安だった。)仕上がった物を見たところ。案外上手くやっていたのだった。この辺はさすがプロ(と言うよりはやっと理解してくれたかという気持ちのが強いのだが)ということで、一件落着とする事にしました。

でももう一ヶ月点検だってさ、「暇の時車持ってきてください」だって、車取りに来てくれないのかな?やっぱり基本的にサービスが悪いんだね、このディーラーは。ということで、やけに納得してしまった私なのでした。

ところで、改善内容の様子だが次のとおり。
 使えるようになった

(天板の位置は変わっていないけれども全体的に後ろに下がっています。)

改善内容(私の予測)

1)天板の取り付け位置を変更(正面の板とツライチになっていました)

2)天板の正面横の角を加工

3)3rdシートのレールが収まるように穴開け加工(次図)
裏はこんな感じ
(苦肉の策の穴開け、というか私が最悪収まらない場合はここに穴あけてもいいよって伝えといたのが良かったかな?)

これで、3rdシートは最後部から2番目の位置でロックできるようになり、我が愛車のシートは1st〜3rdまでフルフラットになるのでありました。(言っておきますが、もちろんこれはグランドハイエース標準の機能ですよ)

でもこの業者もかわいそうに...うるさい客と、アホな営業マンの言うこと聞いてよけいな出費だろうな

仕様変更2回目


前回、再度仕様変更をお願いしたところ、「はい、かしこまりました。来週中には車を取りに伺います。」との事。相変わらず口だけは元気がよいのだ。

それから数週間。私も、もうあきれて連絡する気にもなりませんでした。とはいうものの、修正作業をやってもらわないといけないので、しょうがなくこちらから電話、すると、「申し訳有りません、業者の方の都合が悪くて...」ってどうならそうと電話くらい入れろ!もう怒る気もなく、4/5が都合がよいと言うことなのでその日に取りに来てもらうことに。疲れるよまったく。

こっちも使えないのよ

f6e27bba.JPGディーラーの人は時折口にする「業者は...」、「業者が...」これも前から気になっていたのですが、「こっちはディーラーに頼んでいるんだからそんな話は関係ない話だろ」って思いますね。今回も「業者はフラットになるって確認したのですが..、また私が確認したときはロックできたのですが」という始末。正直、再度ぶち切れそうになったのですが、もう購入後の後始末なので丁重に、そしてきつく「これでは私の要求を全く満たしていないので再度仕様変更をお願いします。」と。

納車から2週間が経つのですが、なかなか車が自分に物になった気がしません。

そして仕様変更の仕上がった出来は?

次の週末、早速車を取りに来てもらって週末中に直してもらうことにしました。

私は「急がないので、丁寧な仕事をしてください」とお願いしました。私もある意味製造業に携わっておりましで、納期を短くして、良い物を期待することが間違っているのは承知の上と言うことでそうお願いしました。

要求は上記1〜3を要求通りにして欲しい(車本来の機能をつぶさないでくれという単純なお願いなのですが...)

案の定というか、何というか。結論は「おまえら何やってんの?」です。

箱の高さは、まぁふつうに低くしてくれて、3rdシートは倒れるようになりました。(前後を見ると、加工の後が分かりますが。)でも、フルフラットにするという条件は全く満たしていません。それどころか、2nd、3rdシートだけのフラット化も出来ないままです。正確に言うと2nd、3rdシートのフラットは可能なのですが、フラット状態では3rdシートがロック状態でないのです。

つまり、3rdシートは2ndシートと、後ろの箱に挟まれた状態で止まっているだけなのです。これでは箱の固定に負担は掛かるし、安全でもないのでだめです。

一応工具入れが使えるようになったの図
849679be.JPG

工具入れが使えないの図

上記のどれもの理由が、シンク周りの木製の箱が大きすぎることが理由でした。高さが高すぎるので、3rdシートが倒れないし、小物入れが開かない。奥行きが有りすぎるので(あるいは取り付けが前すぎるので)3rdシートが下がらずにフルフラットにならない。

わたしとしては「BedCruiser4」を取り付けて、もしそうなので有れば私の商品選択が悪かったとあきらめがつきますが、とにかく全く違う物が付いておりますので、こうなってしまえば私の要求に合うように仕様変更していただかないといけません。

ちなみに、その後、「BedCruiser4」の製造元「サン自動車工業」に問い合わせたところ、フルフラットには出来るといいますし、小物入れも使用できるようです。(資料を見たところ、フルフラットにした状態にてベットを乗せていますもの当然なのですが)、今回のベッドは2ndシートを回転させて、テーブルにした状態+3rdシートを前に倒した状態でベットをのっける仕組みになっています。

シートは倒れ無いけれども、おっきい工具入れなどが出来たと思えばそれでもいいのですが、やはり、頼んだのと違う商品が付いていると言うことで納得行かないです。よって、クレームとして仕様変更をお願いすることにしました。

工具入れが使えない

やっぱりだめかな?

beb23a52.JPG
納車されたのが土曜だったので、日曜までいろいろと見てみました。すると下記のような納得行かないことが。

1)3rdシート後ろのラゲッジルームの左右の小物入れ(右側はジャッキ&工具入れ)のふたが開かず使い物にならない。

2)3rdシートが残り20度くらい残してフラットにならない。

3)グランドハイエース売りのフルフラットシートにならない。(2に共通するが)

4)全て木製(2nd、3rdシートの間に入れるベッドのつっかえぼうも)なので、とにかく重たい。(「BedCruiser4」はアルミフレームって言っています)

こんな感じの物がついてきました。

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