スタートレック千曲川は何故氾濫&決壊した?(令和元年台風19号)

2019年10月22日

令和元年台風19号災害

記事は書かないでおこうかと思ったけど、余りにも身近な災害だったんで書くことにした。

台風前夜の13日夕方のニュース、佐久や東御での千曲川の氾濫がニュースになった。
千曲川は日本一長い川で、そこから長野市を抜けて、新潟市の海まで続いている。そんな事は皆、頭では解っているんだが、自分の事に置き換えて考えるのは難しい。

上流で氾濫した千曲川は中央アルプスから流れてくる犀川と長野市で合流しながら今回の決壊ポイントへ来るのだから、氾濫や決壊の可能性もある意味、当たりまえだったのだ。

このニュースを聞いた頃、長野市の雨風はたいしたこと無く、ちょっと強い雨風程度だったんだが、佐久での氾濫のニュースはちょっと気になっていた。このまま大雨が続けば明日にはもしかすると長野でも・・・・と。

それが現実になったのが翌14日朝のニュースだった、見慣れた場所がニュースになっている。

千曲川の堤防決壊

このニュースは私にとって9.11に匹敵するほどの衝撃を受けた。なぜなら、この穂保地区の決壊した堤防道路は私の通勤路だったから。
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この決壊による浸水被害はとても広く深かった。
一番深いのは例の新幹線基地が浸水した映像で有名な豊野の「赤沼」や「長沼」という地区で、ここは千曲川へ流れ込む「浅川」という支流が有り、地名に有るように湿地帯で昔から繰り返し水害に遭っている場所だった。
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その為、新幹線基地のそばにはこんな水位標が建っている。
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ちょっと見辛いが、この様に記してある。

寛保 2年(1742) 8月 2日 5.3m(標高336.5m)
明治29年(1896)7月21日 3.7m(標高334.9m)
明治元年(1868)5月23日 3.2m(標高334.8m)
弘化 4年(1847)4月12日 3.2m(標高334.8m)
明治44年(1911)8月 5日 2.4m(標高333.7m)
明治43年(1910)8月11日 2.7m(標高333.6m)

そして、この水位標が今回の台風でこんな状態になっている。
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国土地理院発表では今回の浸水も最深部(新幹線基地付近)で4.5mだったという。この水位標を見てもそのくらい浸水したのが解る。

ちなみに私は毎日この横を通勤している。もちろん、この辺りはまだ復興途中だ。


この災害をさらに身近にしたのが、この隣の豊野地区に店を持っている友人からのLINEだった。

「水が一杯で店に近寄れない」

「膝下くらいの浸水」かな〜と表様子を見に言った店主が目にしたのは到底ボートなしでは行けないほどの水量と、絶望だっただろう。
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この中に浸かっている(おそらく13日の航空写真)

2階付近までも浸水したほどの水も翌日(14日)朝には引いた為、友人らと共にお店の片付けを手伝った。

これほど早く水が引いたのは、この写真の左から下に見える浅川があるせいだ。
大雨の度に常に氾濫を警戒している「浅川」。今回はこの川のおかげで水が直ぐに引いたのだろうと思われる。(今回、浅川上流の雨が少なかったため、浅川自体の流量は多くなかった)

昔から復興のボランティアが遠くの地で作業しているのをTVで見てきて、いつかは自分も手伝いに行かなきゃとは思っていたのだが、否応なく自分がそのボランティアになるとは、前日の時点では思いもしなかった。


そして、その次週には妻の同僚の実家も水没してしまったと言うことで、2週連続で災害復興の手伝いに出かけたのであった。


djebel125 at 22:24│Comments(0)徒然 

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